あかね噺・第10話
からしと高良木がテンションを上げてしまった会場で、噺を聞いて貰う流れをあかねは作る。だから客は聞く準備は出来た。ではあかねはどんな寿限無を今回やるのか。予選では言い立てで「なかなかの技術だな」と思わせたのと同じのをやる訳がない。
まず高良木が決勝のあかねのスタイルに気がついた。大仰な見せ方をしていない。抑えて表現している。声優視点からのものだった。
朱音は母に自分の名前は何を由来にしてつけたのか聞いた。予定日より早かったから父の徹は地方に行っていた。だから出産を聞いて駆けつけたのだ。生まれたばかりの子を見てしみじみと思った。「朱音」にしよう。
夕方の朱に染まる空を見て思った。それに朱には魔除けや長寿の意味もある。色々考えてるんだと思った朱音に母の真幸は言う。子の事を考えない親なんて居ない。そう、寿限無だってそうだった。
今回初めてこれで思った。全部付けなくて死んでしまった時にあっちの名前を付けなかったと後悔したくないだろと言うから全部付ける訳だけど、それは真幸が言った言葉の重みが備わっていたのだ。今まで寿限無の親は「馬鹿だねー」みたいな風にして見てなかった。
噺が進むうちに会場も、就中見る目のある人間は気付いて行く。からしも高良木もこれは何だ、下手と言う事ではない、何かが違う。話者の上手さが消えている。登場人物のイメージが前面に出て来ている。
こぐまはあかねの噺を聞きながら不利になる寿限無だと思っていたのに、逆だ。ここの客は寿限無をよく知っている。だから想像しやすい。中に入って行く。そして志ぐまに聞いた時の話を思い出した。何故寿限無なのか。志ぐま曰く、朱音は早々と技術を身に着けた。それもあって登場人物の気持ちを表現出来ていない。「了見」を掴まなくちゃいけない。自分で辿り着かなくちゃいけない。
高座はどんどんあかねでなく、登場人物が居るかの様に見えている。
一剣はすっかり気づいている。学生の落語ではない。誰か師匠が居る。そしてこの雰囲気は志ぐまではないか。ただ志ぐまはあの一生の破門事件以来弟子を取ってない筈だが。
そして噺はとうとうサゲに向かった。あのサゲに。名前が長いからたんこぶがひっこんじゃったではない、別のサゲ。こんなサゲがあるんだよと以前の回で説明されたサゲに。
寿限無(ryの友達が息せき切って寿限無(ryの母の所へやって来た。長々と名前をあげたあとで川に落ちたと。あれ、これヤバいサゲになる?名前を長くしてしまったせいで子を喪うあのサゲに?あれを教えられたから視聴者は悲劇のサゲになるのかとハラハラしながらこの先を聞く事になる。
寿限無(ryの母は寿限無(ryの父の所へ行って寿限無(ryが川に落ちたと報せ、二人で橋の上に駆けつけた。ドウドウと流れる川を見て二人は寿限無(ryを叫んだ。
とその時だ。
「何?」
「あんまり助けが来ないから自分で上がって来ちゃった」
良かった。
問題はこの後。高座を下りて審査員の講評を聞く。
進行の魁生がいきなり一生に聞いた。
どうこたえる一生。
まさかこれまでのみんなに出していた上辺だけ、と言うか素人ならこの程度と言う講評にはなるまい。
「ここはおまえが来ていい場所じゃないって分かってるよな」
「はい」
「ならいい」
そう答えた朱音を凝視する魁生。
この一生の言葉の意味が分かったのは一部の人間。勿論岩清水先生には分からない。当然一般客は分からない。ただ、優勝はあかねだろうとはみんな思ったみたいだ。
あれ、先に一生があんな事を言うから、その次に一剣にも講評を振って会場を納得させたのかな。
からしはしみじみと分かった。
素人の大会をプロが荒らしに来るなと。つまりからしと高良木は「ただの素人」で端からあかねの対抗馬にはなっていなかったのだ。
あかねが優勝したので用意された座談会が始まる。用意されたものだからマスコミが来ている。その場で朱音は聞いた。
「6年前、真打昇進試験で阿良川志ん太を破門したのはなんでだ」
これ、どう話を進めるんだろう。

