あかね噺・第9話
可楽杯決勝、今回は高良木の番。
以前の描写では一生に認められなくては駄目なんだと言う感じで、そんなにしてまで名声を獲得しなければならない何かの事情があるのかと思ったが。
会場はその一つ前のからしの演技にすっかり盛り上がっていた。一方で「落語ファン」としては高良木って誰?え?声優?と言う受け止め方をしている。盛り上がってるのは声優ファン。会場の雰囲気は二分されている。どちらにしても「落語を聞く」と言う雰囲気とは違っていた。それを一剣が解説。
それを高良木はおかみさんが旦那を起こす場面の呼びかけで話の方に引っ張った。そしてこの始まり方はあれではないか、芝浜。
あの因縁の芝浜。朱音の父の志ん太が一生から破門された時に演じた演目だ。そして一生はあれを聞いてあんなもの芝浜じゃないとも言っていた。色々な意味で問題のある選択だが、多分高良木はそんな事を梅雨も知らずに選んだのではなかろうか。特に志ん太=朱音の父と言うのは全く知らない。
でもこぐまは全部事情を知っている。全部知っていて、次は朱音の番なのに。
高良木、普通に声優人生をスタートさせていた。そして順調だと思っていた。確かにメインキャストが取れたりして順調だった。ところが或日、聞いてしまったのだ。役が取れなかった若手声優が嘆いているのを。高良木はルックスが良いから良いよねと。
そこから高良木は目に止まった可楽杯に出たいとマネージャーの円に告げる。マネージャーとしては何もここで落語に挑戦しなくたって良いではないか、声優の演技とはまた別のもので声を使う仕事とは言っても別物。
円は高良木が頑として聞かないのでどうしてこんな事をするのかと思っていたが、でも高良木の懸命な稽古を見てしまう。高良木は目標の為ならがむしゃらに突き進む。それが高良木の力なのだ。
そのとおりに高良木の芝浜は会場で受けた。
それは良い。それは良いのだが、樫尾は知っている。あの志ん太が破門された事件を。
あの時も志ん太の芝浜に観客は大ウケだった。そして出て来たのが一生だった。条件があの時と揃いすぎている。今回はどうなるのか。
流石にあの時と顔が違う一生はなんだこれはと言下に否定する様な事はなかった。まずは自分の考えとして学生(高良木は短大生)が芝浜をやるのはどうかと思うと。と言うのも芝浜はおかみさんの気持ちが伝えられなければならない。それが学生の社会経験では難しい。それなのに心情を描ききった。表現者として素晴らしい。表現者として。
楽屋のからしも高良木の演技は認めた。まあ自分の二位なら声優としても大したものではないか。そう言ってもう可楽杯は終わったも同然と言う。何故なら自分の演技と高良木の演技で会場はもうすっかりお腹いっぱいな状態になっている。この後は誰が出てもお腹いっぱいの状態で満足に受け付けられない。ましてや直後の寿限無などもう駄目だ。
高良木の芝浜が終わってこぐまは楽屋に行きたいと岩清水に引率教師の役をやって貰う。不本意だけど。朱音の担任教師と生徒と言われたら楽屋にも入れてくれたけど、朱音はこぐまが心配した様な状態にはなっていない。あっけらかんとしている。
一生の前で平常心で居られるのか。でも朱音はちゃんと批判する相手を見てからこの世界に来ている。父にやった事は許せない。だがそれをやった相手はどんな相手なのか。それを知らずに批判は出来ない。それで一生の高座を見たのだそうだ。その上で何故父を破門したのか。
なるほど。じゃあなおさら負けられないねと言うこぐま、続けてうちの妹弟子は負けないよと。妹弟子として認めたぞ。
さあ、あかねの高座は?
ぐりこが見たところ、朱音はちゃんとしていた。一生を前にしても大丈夫。本人の準備は出来ている。じゃあ観客の準備は?さっきからしが言っていた、もうお腹いっぱいの観客をどう引きつけるのか。
あかねの寿限無はゆるゆると始まった。本当にゆるゆると。それを見たからしは、もう負けが決まったから手を抜いて来たかと判断する。高良木はあれだけの事を言った朱音が勝負を捨てる様な事をするだろうかと見ていた。
でも古味の反応が素直だった。ゆったりしてまるで作業BGMみたいな気楽な感じで聞ける。こぐま曰く、これは客の気持ちに応えた喋りだ。あの気働きが発動している。お、最近出ていなかった享二が最初に仕込んだのが基本で生きてる。
観客が聞ける準備は出来た。次はどう出る。

