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違国日記・第13話・最終回

前回の最後に三鷹駅のホームで朝が出会ったのは森本だったか。因みにその時に駅の外の木が桜に描かれているけどストリートビューで見たらどう見ても桜じゃなかった。なのでこの季節に桜を期待して行ってもハズレになってしまう。
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あんな事があって、森本が初めて登校するタイミングならそりゃ朝も「大丈夫?」って聞くだろう。他に言葉がなかなか見つからない。ただ、朝が手にあの日記を持ってるから(普通は登校時には手には持ち歩かないよね)何なんのか聞いたら亡くなった母の日記だと言うので、今度は森本の方から「大丈夫?」と大丈夫の応酬になれる。

でも下車したところで朝が定期を取り出すのに手間取ったタイミングで森本がいきなり「酷い事聞いていいか」と。(両親が亡くなって)自分の人生終わったと思ったか?

でもこれに朝が強く否定出来る様になっていた。終わってない、生きてるから。
そうか、終わってない。そうだよね、まだ生きてるものねと思ったか森本。

学校に来なくなって森本の初めての登校。そのタイミングでいきなり、本を返すにしたっていきなり話しかけるったら、そりゃあの二人付き合ってるのかなみたいに言われても仕方ないが、その後の東郷が良い人でも世の中変わらないってのが酷い。

槙生が新刊本にサインしてた。あ、知ってる。いや、サイン本自体は誰でも知ってると思うが、サインしたら移らない様に紙を挟むんだよ。以前からサイン本を買ったら紙が挟まってるなと分かっていたがやはり移らない様に挟んでいると言うのを「えがたえ」の双見先生のサインで知った。ところで表紙の絵からどう言う傾向の本なのかは分かった。分かったんだが槙生の普段の性格とギャップがある。

そこに朝の質問。その本は誰の為に書いたのか。「マヨチュー」で六花は大勢に聴いてもらう為だったのを聴いて欲しい人の為に歌うって方向を変えたが、槙生はここで嘆息。
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それは夢を見すぎ。他人の為なんかに書かない。誰もそんなに他人の為なんかに行動しない。ちょっと話がずれた。だから朝は槙生が自分を引き取ったのは何なのかと。槙生の回答はそうだろうと言うものだ。自分があの状況を許せないからやった。誰の為に何かしたって人の心も行動も動かせない。それはそうでもありそうでもないかな。この言葉今回の後で裏返して来る。

ここでいきなり10年後の朝とえみりの会話みたいなのが挟まった。
ちょっと動揺した。もう10年後に飛んじゃうの?と。

作家にはエゴサする人としない人が居ます。そうだろう。私はしない。嬉しいのもあるだろうし嫌なのもあるだろう、プラスとマイナスがあるなら最初からマイナスすら来ないエゴサしない方を選ぶ。自分が好きなように描ければいいんだよね。でもそれで鈍磨するか?槙生は人間に関して考えすぎてるみたいに見える。でも小説家ってそうなのか。

軽音部の校内ストリートライブが始まる。
朝はどう歌いたいのか。なりたい自分を吐き出す。落ち込んでる人達に元気を出して欲しい。自分がそこから這い出したみたいに。

この朝の歌が届いたんだなあ。槙生は人の心も行動も動かせないって言ったけど、森本をはじめとしてあの野球部の男子部員も。関心の無かった生徒まで次の曲を聴こうぜと教室から出る程に。人を人の心を動かせるって凄いよ。私は一応論理を尽くしてそれで駄目だったらそこで動かすのを放棄するけど。

その動画を見た槙生、人は僅かな間にこんなにも育つのかと感じた。それを15年やった姉は凄いよと。やっと姉実里と和解出来た?

そうして出来た短編が「シダの葉」なのか。小動物にされとるじゃん。見たらそりゃ朝だって気づく。犬の名前を「アシタ」としようって書いてるからモロだし。
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最後は一年記念としてかねて言っていた両親のハッピバースデー。
丁度一年で区切りが出来たか。

そして十年後。
立派に大人になってるじゃん。

 

違国日記、なんと言うか自分と人間の見る目が同じと思うところとそんな事しないよなーと言うところがあって、でもそうだよねと思わせる作品だった。

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