シュガーアップル・フェアリーテイル・第9話
フィラックス公爵の件から9ヶ月。アンは王都に向かっていた。馬車でミスリルがシャルに髪を結んでいる子と結んでいない子どちらが好きかとか、おまえは一体何を聞いてるんだと思ったが、アンはもう完全にシャルを意識しちゃっていたので、ミスリルが無邪気さを装って実はわざと聞いてるとかなら高度な情報戦を仕掛けて来たものだ。違うと思うけど。
そんな訳でアンが注意を怠って馬車を進めていたら、危うく横から来た馬車とぶつかりそうになった。その馬車に乗っていたのはアルフ・ヒングリー、通称キャット。そしてこのキャットから重大な話を聞く。
今年は砂糖リンゴの大凶作。この状態で砂糖菓子職人が砂糖リンゴを奪い合ったら大混乱になると、あの銀砂糖子爵のヒュー・マーキュリーが王に提案して、銀砂糖子爵が砂糖リンゴを全部一括して買い上げ、ラドクリフ工房で銀砂糖を精製した者だけに銀砂糖が支給される事になった。多分マーキュリー工房がそれをやったら銀砂糖子爵が自分の為に提案したなとか言われそうだし、工房として一番大きかったのがラドクリフ工房だったのではないだろうか。
問題はこの件はラドクリフ工房から各地の砂糖菓子職人に通達された筈だったが、アンは聞いていない。アンは目立ちすぎたのだ。昨年の品評会で優勝を争い(争った砂糖菓子はどちらもアンが作ったものだったけど)、とどめは前フィラックス公爵のお眼鏡にかなう作品を作ったと言う噂が国中に流れ、嫉妬の目で見られている。
キャットはアンがラドクリフ工房迄送ろうと言う。但し銀砂糖が作れる様になるまでで、その先の困難は砂糖菓子職人なら自分で乗り越えろと。そう言ってキャットはラドクリフ工房の受付にアンを連れて行く。受付はなんとあのジョナスでした。ゲッと固まってしまったジョナスに代わってサミー・ジョーンズがキャットを揉み手で迎える。
キャットは名の通った銀砂糖師なのでお近づきになりたいと言う事か。しかしキャットはもう済ませてある。登録するのはこっちだとアンを示すと、サミーは女ごときが砂糖菓子職人だと?と見下した態度を取り、次にアンがあの前フィラックス公爵に認められたのだと知ると今度は敵意を向けて来た。
あれ?これじゃ登録して貰えない?と思ったらそのサミーより格上らしい人物キース・パウエルがラドクリフ工房の名を貶める行為はやめろとアンを受け付けてくれた。あ、彼もEDでアンと一緒に立ってる男か。彼には特に悪意は無さそうだ。ただ、工房の決まりで労働妖精しか入れないと言うのだ。だからシャルが入れない。
そこでキースが提案する。実はキースはシャルを見て美しい妖精だと感心していたのだ。だからシャルをモデルに砂糖菓子を作りたい。それにあたってモデルになって欲しい。キースの砂糖菓子のモデルなら工房に入れる。これでどうだろうかと。アンは、シャルは自分の従属妖精じゃないと戸惑っているとシャルの方からそれで構わない、そうじゃないと一緒にいられないんだろうと言ってくれた。
そう言う約束が成立してキースは宿舎も用意してくれた。女の子なので個室を。こうまでしてくれるキースは、実は前銀砂糖子爵の息子なのだ。そしてそのおかげで色々な砂糖菓子職人を見て来たが、アンの母も知っていた。
ただ銀砂糖子爵の息子と言う立場はキースを縛っていた。品評会で優勝したら銀砂糖子爵の息子だからと言われ、落選したら銀砂糖子爵の息子なのにと言われる。だから以前は参加出来なかった。しかしアンの母が亡くなる前にキースの父も亡くなった。喪があけて晴れて今年品評会に参加出来る。
参加にあたって父の居たペイジ工房ではなくてラドクリフ工房に入ったのは特別扱いされたくなかったからだ。
翌朝、鶏鳴と共にアンは起きて銀砂糖作りへ。残ったシャルはキースの砂糖菓子のモデルとしてキースの部屋へ。そこでキースから意外な事実を知らされる。キースとしては自分とは技量が違いすぎる相手よりアンと競いたい。そして何よりもアンが品評会に出られるのは今年が最後かもしれない。
今年は銀砂糖子爵が一手に砂糖リンゴを買い上げたから、アンはそのルールに則って自分で銀砂糖を作れるが、凶作が終わって自由に売買出来る様に、元の状態に戻ったら、アンは妨害されて砂糖リンゴを入手出来ないだろうと。
だがこの話はアンには話さないで欲しい。アンに余計な心配をさせて作った作品に陰りが出ては、アンと本気で競いたい自分が嬉しくないと。