二年前、SNSでいじめを受けていた花楓はある朝記憶を失っていた。起こしに来た兄咲太の事が分からない。自分も分からない。かえでは単なる不登校の子なのではなくて、ある時点より前の記憶を失った子だったのだ。
医者に診せたところ、解離性障害の一種だろうと言われる。あのいじめかが辛くて一部の記憶を遮断してしまった。記憶を失った花楓に咲太がいつもの様な相手を大切にする、その素振りを見せない、そんな感じで接して行く。入院中の花楓に以前聞いていた本「王子様と不機嫌な魔女」の新刊を買って来てやる。でも花楓はそんな事も覚えておらず「花楓さんはこの本が好きなのか?」と聞いて来るのだ。この子はもう完全に花楓ではない。以前の花楓とは所作から何まで全てが違う。そしてとうとう身体に痣が出現する。
それを見た咲太が母に言おうとしたら、母もまた精神を病んでしまっていた。ちょっと弱すぎじゃないか。花楓を愛していたからこその反動なのかもしれないが。さらには咲太にあの例の巨大な傷が出現。こちらは医者達には説明のつけようが無くて自傷行為扱い。
この状態で苦しむ咲太に一筋の光明を与えたのがあの江ノ島の海岸での翔子との出会いだった。人生の先輩から素敵なアドバイス(自称)。人生って優しくなる為にあるのだと。ああ、うん、青年にはそれが希望を与える意味合いかもしれない。でも老いると逆の道を歩んでいる自分に気づく事だってあるんだ。
咲太は花楓にノートとペンを与えて病院の先生が言っていた様にその日あった事を書き留めて行こうと勧めた。そして名前を書く時に「花楓ではなくて、かえで」と書こうと言う。だって今のかえでは花楓とは違うのだから。これで始めてかえでが咲太に心を許せる様になる。今迄みんな自分を見て「知らない花楓」として扱っていたが、咲太だけが自分を自分として認めてくれたのだから。
そう言う訳で父が母に付き添う形で花楓とは別居する事になった。母には父が、そして花楓には咲太が付き添う今の生活に。
と言うのを麻衣とのどかに全部話した。麻衣さん、恋人の自分にはもっと早くにそれを言って欲しかったとちょっとおかんむり。麻衣はこの後一週間金沢ロケに行ってしまうし。
家に帰って来たらかえでが制服を着ようとしていた。今日もまた外に出るのだと。制服デビューだと。かえでは昨日海岸で会った子の事を咲太に聞いてみた。知らないで居る方が良くないと感じて。そこで彼女は鹿野琴美と言って幼稚園以来の幼馴染で以前は同じマンションの上の階に居た子だと説明する。昨日は花楓から借りていた本「王子様のくれた毒リンゴ」を読み返そうと来ていた。咲太(と花楓)に会ったので返してくれた訳だが、その中にメモが。
「かえちゃんとまた友達になりたい 琴美」
それを見てかえでの口から溢れる言葉「こみちゃん」。
咲太は琴美とは言ったが、愛称の事は言ってない。花楓の記憶が出て来たのか。
だがかえではそのまま倒れる。
かえでは救急車で病院へ。医者によると問題は無さそうだが、目が覚めたら記憶に変化が起きているかもしれないと言う。夜中に目がかえでは目が覚めたが、かえではかえでのまま。
麻衣も昨晩は手伝ってくれたので、無事に目が覚めた事を咲太は麻衣に連絡するが、その話をかえでが聞いてしまった。花楓の記憶が戻る兆候かもしれない。でもその場合はかえでの時の記憶が失われるかもしれない。
退院の時に咲太は今一番したい事は何だと聞いてみるが、かえではパンダよりも一番したい事として学校へ行きたいと言うのだ。やけに学校の優先順位が上がった。それに応えてスクールカウンセラーの友部がやって来た。友部はスクールカウンセラーらしく、なるべくかえでを安心させて先へ進ませようとした。保健室登校だって立派な登校なのだと。
こうしてかえでの登校チャレンジが始まる。でも他の生徒が登校している姿を見ると怯むかえで。それを見て今日はここまでにしておこうと。三日後、エレベーターに乗りながら今日こそ学校へと言うかえでに焦りの様な物を感じたが、首筋を見てみたら例の痣が出現。無理が生じている。今日はやめておこうと言う咲太を振り切って外へ駆け出すかえで。かえでにはゆっくりしている時間が無いのだと。だが信号待ちでまたも他の子の登校する姿を見て立ち止まるかえでは、何故行きたいのに身体が動かないのかと泣きじゃくった。
どうしても学校へ行くのだと泣くかえでに咲太は自分が学校へ行ける様にしてやる、でもまずは休憩だ。先にとっておきの場所へ行こうと駅に連れて行った。上野東京ラインに乗って北上。秋葉原を通過しているのを見て気がついた。そうか、上野動物園か、パンダか。
パンダにも会ってレッサーパンダにも会って、動物園を満喫するかえで。パンダとお別れするのは名残惜しいと言うかえでに咲太はまたくれ良いんだと年間パスポートを渡した。咲太の心配り凄いな。これではかえでは何度も何度も、元が取れる様に動物園に来なくてはならないではないか。そんな言い訳を用意したのだ。
そして藤沢駅に着いてからの帰り道。自宅マンションとは別方向へ行く咲太はかえでが知らない近道なんだと連れて行く。かえではあのマンションに引っ越してから外にほとんど出てないので完全に信用して咲太に着いて行った。
でも着いた先は学校。
夜の学校はもう校門が閉まっていて誰も居ない。校門の柵を乗り越えて二人は校舎の方へ。かえでの所属する三年一組の教室を覗いたりして帰り道につくのだが、今日はあのかえでの大目標のパンダに会うと学校へ行くを一気に○にしたと言う。これで全部クリア。でも昼の学校へ行くまでは△にしておこうかなとも。これで明日はお昼の学校へ行けそう。
「明日が待ち遠しいです!」
これが「かえで」の最後の言葉になろうとは。
翌朝、暗い雲が垂れ込める中、咲太がかえでを起こしに行くと様子が違う。話し方が違う。そして昨日動物園に行った事を覚えていない。
「かえで、おまえ、花楓なのか?」
「当たり前だよ」
確かにこれは最初から取り戻そうとしていた花楓。でもあの「かえで」は居なくなってしまった。