セントールの悩みの君原姫乃に対する彼女のクラスの椅子は姫乃に対して座ると言う行為をアフォードしているか
あるいは、クラスに置いてある椅子と姫乃には座ると言うアフォーダンスが存在するか
我々の様な四肢から進化した人間にとって通常見かける椅子はそこに腰掛けると言う行為をアフォードしている。セントールの悩みに於いて獄楽希と名楽羌子にとっても四肢から進化した生物ではないとしてもその形態から我々が見かける椅子は腰掛ける行為をアフォードしていると思われる。
しかしながら姫乃はどうなのだろうか。OPのこの場面を見て人馬型の形態に対しては腰掛ける行為をアフォードしているか分からない。はっきり描かれていないのだから。

ではどんな形の椅子なら人馬型に対して良いのだろうか。公園などにある長いベンチの様な形なら良いのだろうか。確かに第3話では公園のベンチにみんなで座っていた。

だが同じく第3話で碧子で乗用車を運転する時にチラと見えた椅子は無理矢理人馬型でも座れる様にしただけに見える。

もっと考えさせられるのは第2話で登場した人魚型。合同教室ではやはりベンチの様な台に座っていたがあれは人魚型にとって座ると言う行為をアフォードしているのだろうか。
これは別稿で論じたいこの作品における強度の平等社会の社会装置として本来四肢型人類に適した椅子だけがふさわしいのかと言う点に繋がっている。

