シゴフミ・第12話
一人でやって行こうと決めたフミだったが、社会は情け容赦ない。

マスゴミどもはハイエナの様にたかって来るし、学校の連中は携帯でフミの写真を撮る。もうね、隠し撮りとかじゃない。携帯が普及してひどい事になったもんだなあ。

まさかサンダーバードで登場していた写真撮影妨害装置なんてものが出来る訳ないし。それに輪をかけて夏香が要に好きですなんてのを告白する場面に出会ったり、来日した母親が自分を生んだのをどーでも言い様な言い方をするし。
結局、ミカを撃ったのはフミの自力では無かった為、これらの仕打ちに耐えかねたフミの前にミカが再び登場。ミカが消える為には撃てないフミの代わりにミカがフミを撃たなくてはならないと言うが、それはちょっと変ではないか?ミカが消える必要があると言うのは、本来は一人の人格である筈のものが二人になってしまったから。だから二つの人格をもろとも消すと言う事は人格分裂よりも優先するなんて事はないだろ。
最終的には自己解決しましたで、2つの人格が残る事になるんだけどね。


シリーズを終わって振り返れば、大きな文脈としては文歌の人格分裂の克服があった訳だが、二つの人格が残ったと言うのは必ずしも克服したとは言い難い。それでいいのだろうか。こう言う構成にするよりは、ちょっと似た雰囲気を持っている「しにがみのバラッド。」の様にフミカは配達人に徹して、シゴフミを受け取る人々の人間模様を語り尽くす方が良かったのではなかろうか。

