スクールデイズ騒動とは何だったのか
今日で9月も終わり。アニメの放送周期で言えば4月から始まった半年期、7月から始まった1クール分が終わりかなりの入れ替えが行われる時期だ。今期の終了にあたり、アニメ作品としては近年まれに見る大きな「騒動」となったスクールデイズ騒動について考えてみたい。
ご存知の通りSchool Daysの最終回第12話は最速の放送予定(9/18深夜)だったtvkが前日発生した京都での女子高生による殺人事件を理由に急遽放送中止となった。これに続くテレビ愛知、千葉テレビが続々と放送中止を決め、残されたAT-Xの去就が注目される状態となった。
AT-Xでの放送予定日が近づく9/26、Overflowが突如として第12話の試写会を告知する。ところが当初提示された参加条件が未開封のゲームを持参する事、会場でユーザ登録を行う為に開封する事、未開封のゲームを新たに購入しても会場の入場人数の関係で入れない可能性がある事が示され、ネット上では一斉にOverflowの行為を非難する声が上がった。私もその一人である。
結局AT-Xは年齢制限のかかる時間帯での放送を決め、Overflowはその直後に開封/未開封を問わないと参加条件を緩和した。
これらを踏まえて何が問題だったのか、何がこんな事態を生じせしめたのか。
まずはスクールデイズをプラス評価する方から述べたい。
何しろ凡百な作品の最終回が放送中止になったところで、それほどの騒動にはならない。ああ、あの作品でそんな事があったの、へー、で終わる。割合近年でもあったのだが、どんな作品だったのか思い出せない人、或いはそんな事があったのを聞いた事すら無い人は沢山いると思う。ちょうど1年前の出来事だ。分かるだろうか。
一方、School Daysは放送中止になっただけで大騒動となった。これをご覧頂きたい。まさに騒動の渦中、9/19 22:30頃の2ちゃんねるのアニメ板のスレッド一覧だ。
黄色く塗ったスレがSchool Days関係で、上位100スレッド中半分近くを占めている。
それ程最終回が期待された作品だったのだ。色々な意味でSchool Daysは放送時から物議を醸していた。中盤では言葉が責められる様を見て嫌な気持ちになる人、心をうずかせられる人、とにかく誠に死を与えたい人、様々な反応であったにせよ視聴者の心の中にざわめきを起こしたのは事実だ。私は創作物は基本的にどんな方向であれ見た者の心の中にざわめきを起こした物が優れた物だと思っている。だからSchool Daysは創作物として大成功だったと思う。
しかし、それは「創作物」としての意味である。
ここからはそれがテレビ放送される作品として良かったのかどうかと言う話になる。
今や我々はどんな形を経由したにしろ相当の人数がSchool Daysの最終回がどの様な内容であったのかを知っている。そして一様にこう言うのだ「これは京都の殺人事件が無くても放送できなかったろう」と。
私はこれは微妙だと思う。上記の発言をした人々は基本的にここまでのSchool Daysを見てきた人だ。School Daysの最終回の感想でも書いたが、ヒトは文脈の中においてグロをグロと感じるのだ。最終回だけを切り出して見た場合、まあ深夜放送だし、で、ひょっとしたら流されたかもしれない。ただ、恐らくチェックをする人はここまでの話も見ていただろうから、何と言うものを最終回として持ち込んできたのかと当惑していたのではないだろうか。そこへ判断者の背中を一押しするが如く京都の事件が舞い込む。あの事件は単なる決め手でしかなかっただろうと思う。
それにしても悪い前例を作った。事象だけを言うならば「殺人シーンがある話が放送中止になった」と言う事になる。
元々School Daysと言うのはそう言う作品だった。いくら何でも枠を確保する時に放送局側がどんな内容なのか吟味もせずに提供したとは思えない。だから放送局側はゲーム版が残虐シーンで有名かもしれないが、地上波で流すアニメにするのならそれなりの配慮があるだろうと判断したと思われるし、また制作側に対してそれを期待した筈だ。だが制作スタッフはゲーム版をも上回るアニメを作ってしまった(らしい。私はゲームをやっていないのでそう言う評判が多いのを踏まえた)。それは上記の様な「創作物」として大成功を納めたが、一方で放送局側の善意の解釈を踏みにじった。そこまでに至る作品にすると言う方向を決めたのは誰だったのか。今回の騒動で規制が緩いと言われるU局深夜アニメに規制が入るのを大変憂慮する。創作物にとって規制がいかに足かせになり作品の出来栄えを損なうのかは、嘗て深夜帯で栄耀栄華を誇っていたテレビ東京系アニメが今やU局深夜アニメの後塵を拝する状態になっているのからも窺えよう。そんな負の遺産となりかねない物を遺してしまった。やりすぎはいかんのだ。今の放送形態では。
しかもSchool Daysは放送中止だけで話が終わらなかった。
Overflowは何を思ったのか試写会の開催を決意した。折角作った作品をファンにこのままにしてはいけないとでも思ったのだろうか。そして急いで決定をした為か、とんでもない条件を付帯させた。試写会に参加できる人間をどう限定するのかで悩んだ挙げ句なのかもしれないが、未開封のゲームを持ってこいと言う条件にした。Overflowはここで二つの過ちを犯したと思う。
まずは一番喧伝されている「未開封ゲームとはどういう事だ」と言う点。どう見てもこれまでにOverflowのゲームとしてのSchool Daysを支えてきた既存ゲーマーを無視している。彼等は当然ゲームを開封している。そう言う彼等にもう1個買えと言うのか。一部のエバンジェリストはそれ位ファンなら当たり前だろと言う様な事も言っていたが、条件が過酷だと思われても仕方あるまい。しかしエバンジェリストもOverflowも見落としている層がある。このアニメ作品からOverflow或いはSchool Daysと初めて向き合う事になった恐らくは今回の視聴者で一番多数を占める層だ。そんなアニメonly層に向かって未開封のゲーム持参と言うのは、最終回を見たいのならゲームを買えと言う阿漕なメッセージにしか見えない。アニメonly層の気持ちを把握できなかったのだ。
もうひとつのOverflowの過ちはそもそも試写会の開催を決めた事である。AT-Xで放送される可能性は残っていたし、なによりも最終話がDVDに収録されないなどと言う事はありえなかっただろう。最低限DVDを買えば良い訳で、日時にしろ場所にしろ人数にしろゲーム持参にしろ何もかもが機会不均等なこんな試写会をする意味がどこにあったのだろうか。私の個人的な気持ちを言わせて貰うならこの極端な機会不均等の方に腹が立った。作品の出来に感動していた私はゲームを買っても良いと思っていたのだから「未開封ゲーム」を買うのはそう抵抗はない。だが、買ったところで入れないかもしれませんとは何事だ。
昨日とらのあな本店でエレベーターを待っていた時に、大きくディスプレイされたSchool Days DVD第1巻を見て側を通った人が「Nice boat 商法」と連れの友人に対して吐き捨てる様ななんとも言えない言い方で話をしているのを聞いた。相手の友人は「何それ?」と言う感じで応対していたが、既にOverflowの評判に対して負の連鎖が始まっている。
以上の二つの問題点はこれを逆手に良い方向へ向かってくれる事を願ってやまない。地上波の限界を超えた内容に関してはそもそも深夜アニメと言う物を昼間帯にやっているアニメとは一線を画す物であると言う共通認識の形成へ向かって欲しい。ゲームをアニメ化するゲーム会社はテレビ電波に乗せた瞬間にそれまでつきあってきたゲーム購入ユーザとは全く別の層と向き合わねばならなくなったと言うのを自覚して欲しい。