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偽物語・第11話・最終回

余弦がああやって宣言して立ち去った以上、暦は余弦との決着を付けに行かなくてはならない。火憐が帰って来たところで玄関の見張りを頼んで栄光塾の廃ビルに向かう。その時にひとつ火憐に聞く暦。

「おまえさ、僕の為に死ねるか?」

間髪入れず躊躇いもなく「死ねるよ」と答える火憐。
「じゃあ月火ちゃんの為には死ねるか?」
「死ねる」
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そう、そして暦は妹達の為に死ねる。

それを確認して余弦の所へ自転車を走らせる暦。忍も暦の思いを受け止めて戦う気持ちを固める。暦の血を吸って戦う為の大人の身体に。

忍野の事で余弦が話し始めた事を聞いてみれば、余弦が忍野と大学時代の同期、しかもそこに貝木まで入っていると言う。うわぁw
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戦いは余弦と暦、余接と忍の組み合わせとなった。まあ予想どおり暦は余弦によってぼこぼこに。一応不死であるとは言っても無惨な姿だ。

忍と余接の方は大口を叩いた割には余接があっさりやられてる。流石に格が違ったか。

それじゃ余弦は忍との決勝戦か?と言うが、いや、暦は未だ余弦に身も心も負けたつもりはないと言う。例え妹が偽物であれ、それはやはり妹であり、偽物としての性は自分が背負うと。

ここで嘗ての同期の貝木の言った言葉を思い出す余弦。孟子の性善説と荀子の性悪説から発して貝木の言った本物たらんとする偽の方が圧倒的に価値がある、そう当時言った言葉を十年越しの教訓として受け止めたると引き下がる事にした。あんたら三十代半ばだったんですな。

孟子の性善説と言えば高校の漢文で「今人乍見孺子將入於井 皆有怵惕惻隱之心」を思い出す。あの頃ははあまあそうだよねとかまんまと孟子に丸め込まれたものだがw、今は性善説も性悪説もなくて、ヒトはニューロンのあるがままに単に動いているだけだと(ちょっとまとめると乱暴だが)そんな感じで思っている。あ、かなり話が逸れた。

そんな感じで暦にあてられた余弦はあっさり立ち去ってしまった。

結局偽物語は話の骨格自体はあまり動きのあるものじゃなくて、火憐が貝木に騙されて熱を出した、月火が貝木に余弦をけしかけられた、と、貝木無双の話だったw
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それしかない骨格を11話に膨らませる事の出来る物語作りを楽しむのがやはり西尾維新の作品だろうか。これ、私に描けとか言ってきたら10Pのマンガで終わらせちゃうな。大した表現力だ。

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