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独善団体日本ユニセフが表現の自由を弾圧するキャンペーンを開始

ユニセフ本体ではないけれど、ユニセフから名前を使ってもいいよと言われてあたかもユニセフ自体の様に見せかけている日本ユニセフがアニメ・漫画・ゲームも「準児童ポルノ」として違法化訴えるキャンペーンを開始。

アニメ・漫画・ゲームも「準児童ポルノ」として違法化訴えるキャンペーン MSとヤフーが賛同(ITmedia)

実際に児童が被害に遭っている児童ポルノと、アニメ・マンガ・ゲームにおいて子供と見られる作品とは全くの別物。これが類似品と言いたいのなら、そう言う連中は「絵に描いた餅」を食べて生きていけば良い。実体があるのか無いのかで先ずは大きな線引きをしなければおかしい。

何故児童ポルノは規制したり厳罰を施さなくてはならないのか。それは作られた時点でそこに必ず実際の児童の被害者がいるからだ。

一方空想作品はどうなのか。作られた時点では当たり前の事だが被害に遭った児童など存在しない。被害者がいないのだ。被害者の居ないものにどうして罰則など設けられよう。

実体のあるなしで線引きせずに、実体のある物+アニメ・マンガ・ゲームとそれ以外で線引きするのがいかにおかしいかは別の視点でもあきらかだ。例えば雑誌や単行本に載ったマンガは線の集合にすぎない。それがもっともらしい繋がり方をしているせいで「これは児童ではないか」とか人間によって認識される。だがこの「もっともらしい繋がり方」が曲者で、もっともらしくない繋がり方との線引きは絶対引けない。そんなものは人間が脳の中で勝手に組み立てるものだからどこかに線が引ける訳がない。マンガを描く手法でよく言われるのが「子供を描く時は目と目の間を離す」と言うのがある。或いは目の位置を下げて描くとか。じゃあ、どこまで離してどこまで下げれば子供でどれだけくっつけてどれだけ上げたら大人なのかなどと言う線引きができる訳がない。

あるいはアスキーアートはどうなのか。あれは文字の集合ではないのか。WXYが縦に並んだだけで子供の身体を連想する人間がいればそれは「準児童ポルノ」なのか。おかしいだろそれは。文字と絵と一体どこで線を引くというのか。

上の例はそう見えるか見えないかの線引きの例だが、空想作品にまで持っているか持っていないかまで因縁をつけてくるのがおかしいと言うのは次の例を考えて欲しい。例えば白い紙に「自分で」子供っぽい絵柄の裸の女の子を描いたとしよう。これは独善団体日本ユニセフに言わせればその瞬間に形式的には準児童ポルノを所持した事になる。学生が授業が退屈だと言ってノートの端にそれっぽい絵を描いた瞬間に準児童ポルノ所持になる。それを罰しようと言うのか。

ソ連のジダーノフですらそんな規制はしなかったぞ。気が狂ってるだろ、日本ユニセフ。


作る過程で実際に被害者がいるのかそうでないのか、線が引かれるべきはその一点しかありえない。
副次的に起きる犯罪は別に考えるべきだ。

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